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第十三回
「虫の旬 秋(3)」
(2)バッタ(成虫)(2)

 トノサマバッタはワタリバッタの仲間で、世界各地で大発生を繰り返している。被害の状況のすさまじさとしてよく例に出されるのが中国を舞台にしたパール・バックの小説『大地』である。  


「ある日、南の空に小さな雲が現れた。初めは地平線上に浮かぶ霞のようだったが、やがてそれが空に扇形に広がる。雲か霞かと見えたのは、実はバッタの大群だった。そのうち空は暗くなり、無数のバッタの羽音で大気が震える。これに襲われると、あたり一帯の農作物などすべて食い尽くされてしまう。」


 また聖書『出エジプト記』では、主にしたがい、モーセが手をエジプトに地にさしのべ、バッタを呼び寄せるくだりがある。


「主はまる一昼夜、東風を吹かせられた。朝になると、東風がいなご(トノサマバッタのこと=筆者注)の大群を運んで来た。いなごは、エジプト全土を襲い、エジプトの領土全体にとどまった。このようのおびただしいいなごの大群は、前にも後にもなかった。いなごが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった。いなごは地のあらゆる草、雹の害を免れた木の実をすべて食い尽くしたので、木であれ、野の草であれ、エジプト全土のどこにも緑のものは何一つ残らなかった。」


 同じ聖書『レビ記』11章の「清いものと汚れたものに関する規定」で、昆虫はすべて汚れているものとしたうえで、バッタだけは例外的に食べてよいとされる。「美味しく食べてしっかり防除」は東西を問わない。聖書の「実用百科全書」の面目躍如たるものがある。


「地面を跳躍するのに適した後ろ肢を持つものは食べてよい。すなわち、いなごの類、羽ながいなごの類、大いなごの類、小いなごの類は食べてよい。」


 洗礼者ヨハネも「らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜(蜂蜜のこと=筆者注)を食べ物としていた」ことが福音書で語られる。

 このように日本の稲作の害虫イナゴも、世界各地で緑を食い尽くすワタリバッタも、ともに駆除すべき対象であると同時に貴重なタンパク源であるという両面性があり、昆虫食材にはこうした文化的・歴史的側面があるともいえるのである。そうした虫と人間との関わりを噛み締めながら味わうことで、虫の味がさらに深みを持つことになる。

 田村泰次郎の『蝗』という小説もこの機会に紹介したい。田村は一兵卒として召集され、中国戦線の困難な状況を体験し、戦後兵士たちの日常を赤裸々に描いた。作品は不足する白木の遺骨箱と兵たちの欲望に供する朝鮮人慰安婦を前線に列車輸送する任務を負った原田軍曹を主人公に描かれる。「最近朝鮮人慰安婦のことが国際的な政治問題となっているが、田村泰次郎は30年前その問題の中核を文学化しているのだ。」と解説で奥野健男は書いている。

 ここにバッタが登場する。この作品ではバッタの大群は不条理な力に翻弄される兵隊たちを暗喩したものとなっている。抗えない力と人間性との葛藤につかれはて、兵隊たちは次第に無機質なバッタの大群と化していかざるをえない。原田がバッタの大群と出会う一節を引用する。  


「そのとき、防暑用の布をうしろに垂れた彼の戦闘帽のひさしに、さっきからつづいている奇妙な、大きな砂粒のようなものの衝撃の一粒があたったのを覚えた。彼はそこへ反射的に、手をやり、掌のなかに、ところどころ、骨ばった感じの生きものをつかむ触覚をおぼえた。その掌のなかのものは、それくらいの大きさのものにしては、信じられないような力でうごめいた。
 暗いなかで、ゆっくりと掌をひろげながら、原田軍曹は、少年のときの、同じ触覚の記憶が、不意にあざやかによみがえり、思わず、咽喉の奥で叫んでいた。
 ──あっ、蝗だ。」


参考文献
稲垣栄洋(2003年):『仮面ライダー昆虫記』、実業之日本社。
佐藤有恒・写真/小田英智・文(2005年新装版):『科学のアルバム トノサマバッタ』、あかね書房。
吉田金彦編著(2001年):『語源辞典 動物編』、東京堂出版。
奥野健男監修(1995年):田村泰次郎『蝗』、「太平洋戦争 兵士と市民の記録」、集英社文庫。
パールバック『大地』
『聖書』「出エジプト記」10章、「レビ記」11章
『北海道蝗害報告書』

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