「野食コラム」の目次に戻る

<< 前回のコラム || 次回のコラム >>

第十三回
「ウサギの石化けのお話し」
衣食足りて、

 春先から5月の大型連休の頃はハイキングやトレッキングと称して、多く人々が山菜や野草、或いはタケノコ等を求めて野山に繰り出します。今の時代、人々は食べるために、食料を探すために野山に出かけるのでしょうか、食料が足りて、美味しい物があって、その上に少し変化を求めて野山に繰り出すのでしょう。その後にはゴミや空になった缶やペットボトルが散乱している。「衣食足りてマナーを忘れた人」の姿は本当に残念です。

ウサギの石化け

 4月の中頃から5月の初めに掛けては野生の動物や鳥類は巣立ちの季節に入ります。「愛鳥週間」もその時期に設定されているのも頷ける気が致します。

 5月の初旬は猟犬を山へ入れることは避けたほうが良いのです。キジやヤマドリその他、動物の子供はまだ逃げるだけの体力、脚力、飛翔力が備わっていません。猟犬の追われるとそれは死に繋がる場合があるからです。

 5月末の頃、鳥猟専門のブリタニースパニエルと林道を歩いていました。犬が通り過ぎた道の傍らに子ウサギを発見しました。何も遮る物の無い林道脇にじっとして、我々が通り過ぎるのを待っています。鳥猟専門のブリタニースパニエルはウサギの臭いがあっても反応しません。

 子ウサギは石のように動きません。これがウサギの石化けです。丸くて、可愛い、置き忘れた縫いぐるみのような子ウサギを私は足を止めて見ていた。

 次の瞬間、弾かれたテニスボールのように走り出した子ウサギの素早さに少し驚いたのは言うまでもありません。子ウサギとは言え、あれ程の素早さを持っていなければ、自然の中では生きていけないのだと感じた。

ヤマドリの石化け

 谷川の水音に少しの涼しさを感じながら、夏の林道を登っていた。私は静かに足を止めて、目線だけを登って来た林道の後に戻しました。青草に紛れるかのようにメスのヤマドリが丸くなって、身を隠している。動かず私が通り過ぎるのを待っている。動かなければ臭いも拡散しない、上空のワシやタかからも発見される事はない。

 私より少し遅れて登って来たブリタニースパニエルが一直線にヤマドリに向かった瞬間、その鼻先1メートルから、烈しい羽音と共にヤマドリは飛び上がり、谷を滑空していった。自然の中、ヤマドリの逞しさを感じた夏の日でした。

子ジカの木化け

 青木の茂みの中に子ジカを発見した。目線があってもじっとしている。距離を縮めなければ動きだす事はない。木々の間からこぼれる光を受けて美しい。親ジカが近くに居るだろうに

 声もない。大きく元気に育ってくれよと思いながら黙って通り過ぎた夏の昼下がりでした。

ウリ坊
  

 夏の早朝、墓地で3頭のウリ坊を発見した。シシ囲いのトタンの向うで何やら餌を探している。きれい、可愛い、こんな可愛いウリ坊が農家にとっては脅威となるのかと思いながら暫く見ていた。墓石の周囲を鼻先で舐めるように餌を探している。私に気が付いていない、近付いて来たのでトタン越しに首筋を掴もうとした。硬い、皮膚に全くの弛みがない、掴めないかった一瞬に3頭が逃げて行った。その姿は「蜘蛛の子散らす」ではなく「シシの子散らす」夏の朝でした。

自然と人

 自然の中では鳥も獣もシッカリと生きています。彼らがいつまでも生きていける環境を壊すのも人、守るのも人です。

 野山の動物も山菜、野草も、そして自然から供給される資源も取尽くさずに、元に戻るだけの余力を残しておけば、人は永久にその恵みを受け続けることが出来ると信じます。

 自然と共に生きて行きましょう。

「野食コラム」の目次に戻る

<< 前回のコラム || 次回のコラム >>