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第八回
「家康と御塩のお話し」
人は何が故に食べるのか
  

 人は何が故に食べるのでしょうか、

 生きる為に食べるのか、いや、食べるが為に生きるのか、其れは空腹だから、食べなければ生きられないから、生きる為に、明日の為に食べるのです。

 人類はこの世に生まれて以来、自然から食糧を得て来た筈です。持って生まれた生命を明日に繋ぐために食べる、其れはすべて野食だった筈です。

美味しい物

 人が生きるが為に食べるのならば、美味しい不味いは別にして、食糧を調達すれば良いのですが、やはり同じ食べるならば美味しい物を食べたい、一度、美味しい物を知ってしまうと、やはり不味い物は食べたくない。

 自然界に生きるイノシシやシカも美味しいを知っています。イノシシは芋や野菜の美味不味を知っており、美味しい物があるうちは不味い物は見向きもしません。

 身近にいるペットのイヌやネコも、美味しくないペットフードは嫌って、好みの物を出してくれるまで食べようとしません。

 今の社会、ペットでさえこのような有様ですから、人の子が好き嫌いを言っても、親たちは叱れないのでしょう。

美味さの原点

 では、美味不味は何処で判断するのでしょうか、今日、食べて美味しかった物を明日もう一度出されて「美味しい」と感じるでしょうか、更に翌々日に同じ物を出されたら、おそらく「美味しい」と感じる方は殆ど居ない筈です。

 世界で最高級の珍味と言える物でも其れに似合った環境を整えてから食べなければ美味しくないでしょう、そこに美味しさの原点があるのではないでしょうか。

水一杯の美味さ

 喉が渇いている時には本来、味が無い筈の水さえ美味しいと感じる。空腹時に塩だけで握った「おにぎり」を美味しいと感じる。

 健康で空腹の時、身体が求めている物を食べる或いは飲む、きっと美味しさを感じる筈です。美味しさとは何なのでしょうか。

美味不味も塩次第

 徳川家康が家臣に「一番美味しい物は何か」と尋ねた時に、家臣たちはそれぞれに色々の答えを出しました。家康が傍に控えていたお梶の方に尋ねると「其れは塩です」と言い、「塩が有れば全ての物は食べることが出来ます」と答えました。

 更に家康が「一番不味い物は何か」と尋ねると、「其れも、塩です」と答えたそうです。

 「塩だけを食べることは出来ず、入れ過ぎれば何物も食べる事が出来ません」と答えたそうです。

海の物には海の塩、山の物には山の塩

 人は生きる為に食糧を調達して来た筈なのに、美味しい物を知ってしまってからは、

 食べる為に生きている様に見えませんか、美味しい肉にはブランド名や産地名を付くて、米もブランドや産地を強調するようになり、塩でさえブランドや産地に拘るようになりました。

 今の私は、「海の物には海の塩」「山の物には山の塩」を活用して居ります。
 少しだけ贅沢をして、美味しい物を食べては見ましょう。

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